阪神・淡路大震災で事務所が全壊した体験を持つ,災害や緊急事態条項に詳しい永井幸寿弁護士から回答をいただきました

                        2022年8月15日 

 

 自由民主党による「改憲4項目」の緊急事態対応についての質問8項目への回答

 

                      弁護士 永 井 幸 寿    

 

ご質問は、2018年公表の自民党改憲案に関するものと思われるので、これに対してお答えします。また、主に表題部分ではなく、個別のご質問にお答えします。

質問1,「そもそも何が緊急事態となり、大災害にあたるのでしょうか。その要件とは何でしょうか。」

 「大災害にあたるのでしょうか」とは,改憲案73条の2,1項の「異常かつ大規模な災害」とはどのような場合かという意味だと思います。

 実は,「異常かつ大規模な災害」だけでは要件は不明確であり、拡大解釈することが可能です。近時の異常気象による集中豪雨などは過去に例のない災害が多発しておりこのような場合も「異常」な災害といえ、また、「大規模」には具体的な基準がありません。文言上、例年発生する台風被害でも適用は可能と思われます。

 「その要件とは何でしょう」の意味は緊急事態条項発動の要件という意味だと思います。文言上は、①異常かつ大規模な災害により、②国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときです。

 ①は述べたので,②がここで問題となります。後記の通り、緊急事態条項が発動されると、内閣が法律と同じ効力のある政令を制定できることになるので、国会を唯一の立法機関とする憲法41条に違反することになります。そこで、これに違反しないためには、国会が機能しない極めて例外的な場合、つまり、衆議院が解散中で、臨時国会や参議院の緊急集会も開催できない場合に限定しなければなりません。とすれば,②の国会による法律の制定を待ついとまがないときとは余りにも広すぎます。また、「待ついとまがあるか」、つまり「待てるか待てないか」は極めて主観的な基準であり恣意的な適用の危険があります。以上から,要件としては適切ではありません。

質問2 「起こっている事象が緊急事態であると判断するのは誰でしょうか。」

 73条の2では、「内閣は」とあるので、内閣です。64条の2では「国会は」とあるので国会です。

質問3 「緊急事態はいつ始まっていつ終わるの?」

 73条の2では内閣が決定したとき始まり、内閣が決定したとき終了ることになります。これでは国民の知らない間に緊急事態条項が発動され、知らない間に持続することになりますが、緊急事態条項は政府に過度に権力を集中し、国民の人権を大幅に制約する制度なので、いつ始まっていつ終わるかが国民に見える形になる必要があります。緊急事態宣言が設けられれば、国民には緊急事態宣言の発動と持続が明確となり、その間の政府の権限行使を監視し、表現や投票によって是正することが出来ます。更に,緊急事態宣言に国会の同意が必要であるとすれば国会の政府に対する民主的な統制がはたらくことになります。自民党案にはそれがないので大変問題です。

質問4 「緊急事態の緊急事態対応について、内閣が政令を作るんだけど、そのあと国会の承認が得られなかったらその政令は無効になるの。」

 先ず、ここで言う「政令」の効力を見てみましょう。自民党改憲案には明確に書いていません。2012年の自民党改憲案には明確に法律と同じ効力を持つと書いてありました。これに対して危険であるとの批判が多かったので2018年改憲案はぼかしたものと考えられます。

 しかし,2018年の自民党改憲案の「政令」も法律と同じ効力を持つものです。なぜなら、本来政令は法律の範囲内で制定されるものであり、法律の細則を定める執行命令か、法律の委任による委任命令しか制定できません(憲法73条6号)。しかし、自民党案は憲法73条6号の改正ではなく、憲法73条の2を新たに設けるとしているのでここでの政令は従前の政令とは異なることになります。そして、法律の代わりに制定されること、国会の事後の承認を必要とすることからすれば法律と同じ効力を持つ政令であると考えられるのです。通常の政令なら事後に国会の承認など必要有りません。つまり、大日本帝国憲法の緊急勅令を復活させるものです。

 そして、「国会の承認を求めなければならない」と書いてあるだけで、承認がない場合将来にわたって効力を失うとは書いてないので、承認が無くても効力は失いません。承認がないときは、内閣に政治的な責任が発生するだけです。大日本帝国憲法でさえ緊急勅令について議会の同意がない場合は将来にわたって効力を失うと書いてありました(8条)。自民党案は政府に対する国会の統制がまったく効かず、大日本帝国憲法よりも政府の権限が強化される規定です。

質問5 「大災害のとき、国会議員の任期が変更できるけど、いつ平常に戻るの?」

 正確には、大災害の時に、任期の特例を定めることが出来るとあり、自動的に任期が変更されるわけではありません。自民党案では、任期延長を予定していますが、任期延長の期間の定めや、任期延長を取り消す定めがありません。従って、任期を「10年」でも「20年」でも、大日本帝国憲法の貴族院のように「終身」にすることも出来ます。それを国会の多数派が決められるわけです。議員の任期を長期間固定することは国会によって内閣総理大臣を選任することから総理大臣を長期間固定することであり、憲法上独裁者を認めることになります。いつ平常に戻るかわかはわかりません。

 議員の任期は、国民が一定の期間議員の活動を監視し、これに対する判断を次の選挙で国政に反映するための制度であり、国民主権の根幹をなすものです。議員の任期延長はこれ民主主義の根幹を害するものと思います。

質問51 「「大災害」って?」

 質問1のとおりです。ここでは、質問の趣旨が64条の2の適用要件を聞くものとして回答します。要件が「大規模な災害により」、②が「選挙の適正な実施が困難であると認めるとき」です。②について、通常災害の場合、被災者が被災地以外に避難して選挙人名簿のあるところで投票することが困難になります。これは選挙の適正な実施が困難であるときです。つまり、通常の災害の場合にも広く適用することが可能です。更に、災害の時期について限定がないので、現在も3万人以上の避難者がいる東日本大震災を理由にして任期延長が直ちに出来ることになります。

質問6 「今まで日本にはこういう規定がなかったけど、それで困ったことってあったっけ?」

 私は阪神・淡路大震災で事務所が全壊して以降、27年間災害とその法制に関わってきましたが災害で緊急政令や任期延長の制度がなくて困ったことは一つもありません。憲法改正の意見を持つ人との公開討論などで、いつの、どこで発生した災害で、具体的にどのように困ったのですかと聞きますが答えられる人はいません。抽象的に大災害では必要だと言うだけです。

 東日本大震災の時、地方議会議員の選挙が実施できず任期延長の法律が出来たのでこれを理由にする人がいます。しかし,国会は二院制であり、衆議院が解散中に大災害が起きても、参議院の緊急集会が一時的に国会を代替することが出来るという規定が憲法にあります。これに対して地方議会は一院制でこの様な制度はないので任期延長が必要なのです。地方議会の議員の任期延長の制度は国会の議員の任期延長の理由にはなりません。

質問7 「緊急事態で内閣に権限が集中すると、どんないいことがあるのかな?」

 制度を検討するなら、メリットだけでなくデメリットも考えてください。両者を比較して制度全体が理解できます。権力の集中によるメリットは、法律の制定と法律の執行の主体が同一機関になるので権力行使の効率化を図れると言うことです。他方で、デメリットは、権力が極度に集中することによって権力濫用の危険が生じると言うことです。また,人権保障が停止されるので人権侵害の危険が極めて高いと言うことです。

 緊急事態条項は、権力分立を停止する制度です。権力分離の趣旨は、三権が相互に牽制することによって国民の自由を守ると言うことです。そこには、人は誰でも権力を持ちたがり、一旦権力を持てばこれを濫用するという人間の性に対する鋭い洞察があるのです。よく、「ウクライナを侵略しているプーチン大統領が頭がおかしくなった」と言う人がいます。そうではなく,権力とはああいうものなのです。つまり,ロシアには権力分立がないのです。だから誰もプーチン大統領を止められないのです。国家を止められるのは国家だけなのです。

 権力分立は、「人間は弱いんだよ。失敗するんだよ。」という人間性の本質を見通してつくられた、いわば「大人の制度」なのです。緊急事態条項はこの権力分立を停止し、更に、人権保障を停止する制度です。権力濫用の危険と、人権侵害の危険が極度に高まる制度なのです。これはナチスドイツや日本の戦前のように歴史が証明しています。

質問8「どうしてこれが緊急事態なの?とか、内閣が作った政令おかしんじゃないのと思ったとき、どうやったら直してもらえるのかな?国民は何ができるのかな?」

 内閣が作った政令を直してもらう制度はありません。前記の通り、権力分立が機能していれば、政府に対して国会が抑制して作り直しを働きかけ、また、政令と矛盾する法律を制定して政令の効力を失わせられます。また,裁判所が裁判で違憲立法審査権を行使して政令を無効にすることが可能です。

 米国の場合は、厳格な権力分立制なので、議会が大統領を是正することが出来、また、司法権の独立が認められているので裁判所が違憲立法審査権を行使して是正できます。しかし、日本は、議院内閣制を取っており、国会の多数派が総理大臣を選出して内閣を形成するので国会は政府を充分抑制できません。また、裁判所は「統治行為論」,つまり,高度の政治性のある国家行為には違憲立法審査権は及ばない(憲法問題は通常政治性のあるものです)という最高裁の判決が下されたため,裁判所は違憲立法審査権をほとんど行使できなくなりました。以上から,権力濫用や人権侵害の危険性が高く,また,これを是正することも制度上できないのです。よって,日本では緊急事態条項を憲法に設けることをしてはならないと考えます。

                                                       以上  

 

※回答全文を掲載した三つ折りリーフレットを作成致しました。PDFファイルをダウンロードできます。

 自民党改憲4項目の 緊急事態対応Q&A

タイトルとURLをコピーしました